二度目の出雲は、令和元年10月30日出発です。半年たって、リベンジする機会が訪れました。
ちょうど、神在月の時期と重なります。次に行くとしたら絶対、飛行機と思っていたのに、先年の秋は台風が多くて、飛行機だと飛ばない可能性もあるなぁと思い悩んでいるうちに、予定日が近づいてきました。
ご存知のように、飛行機の料金は予約が搭乗日に近づけば近づくほど高額になります。
「よし、台風こない!行こう!」と決意した時には超高額になってました。泣く泣くあきらめ、またまたクルマ旅です。
うん、ETCカードもつくったし、この方がお得だよ。
そんな風に思いなおして、再びの出雲へ。
リベンジ出雲

因幡の白兎で有名な海岸
今回は、鳥取から因幡の白兎で有名な白兎神社からスタート。山陰自動車道を使って松江入りです。
本当は米子で降りて、米子から美保神社へ向かうルートだったのが、いつの間にか米子を過ぎてしまいました。
うん、よくある。よくある。
うそ、出雲でだけだよ、こんなことって。
スタートから大コケで、しかたなく玉造温泉で降り、荒神谷遺跡へ。隣接する博物館で荒神谷から出土した青銅の剣について学び、そのまま出雲大社横の博物館へ。

博物館で

荒神谷遺跡から出土した青銅の剣
博物館到着が16時。約1.5時間鑑賞し、大社へ。
もう、真っ暗くなっていましたが、まだ大丈夫だと聞いたので、暗闇が深くなる中、博物館からそのまま社へ向かいます。
帰ってくる人がちらほらいるだけで、これから参拝する人はいない。
え?いいのかな、参道も真っ暗だけど、大丈夫なの?
それでも、無事に参拝できました。

日が落ちる寸前の出雲大社
おみくじ売り場のお兄さんに「え?こんな時間に来たの?」とでもいうような怪訝な顔で迎えらたのにはふたをし、そっとおみくじを購入。
春のお礼を申し上げて、大社の裏にあるスサノオさんのところへ行こうとしたら、ロープが張られていました。「立ち入り禁止」
実際、あの奥は電灯もなく、闇が深まっており、「ああ、ヒトが入ってはいけない領域なんだ」と感じざるを得ない漆黒です。
夜の神社は「危険」だとよくわかりました。
なんだろうか、以前には感じられなかった「死のにおい」とでもいうのか。
なんというか、出雲大社がまるで「墓場」のように感じられました。

月と水星が並んでいる
写真は、博物館の駐車場から撮影した月。横に見える光は水星です。この日は、水星と月が並んで見える夜だった。
本日の宿泊地は松江。
戻りながら、斐の川温泉で入浴と夕食をとりました。
全ての神社で起きた不思議
さて、不思議な出来事は翌日に起こりました。
ルートは、八重垣神社、神魂神社、佐太神社、美保神社を経て米子の鬼太郎通りです。
この日訪れた全ての神社で、神楽舞、祝詞の場面に出会いました。
そう。すべてです。
まず、八重垣神社では相変わらず若いお嬢さん方が大勢いらっしゃり、何組かがお祓い(なのかな)を受ける瞬間に立ち会いました。
続いて、神魂神社ではすごいことがありましたよ。
緩やかなスロープと急な階段の2通りの参道があるんですが、わたし、間違って急階段を上ってしまったんです。
いや、前に男性がいたものだから後をそのままついて行っただけなんですが。
そしたら、この階段の1つ1つの石が大きくて、腿上げしてるんじゃないかってくらいきつかった。
もう、フーフーです。
フーフー、ぜーはーと登った先に真正面にお社が。
前回は閉じていた社の中に、女性の宮司さん(巫女さん?)が書き物をしていらっしゃった。
彼女としばし目が合ったかと思ったら、にこっとされました。
あ、失敗したことがばれた?
そんでもって笑われたの?
いえ、そうじゃなく、彼女は「……」と小声で何かつぶやいた後、おもむろに片付け始めました。
彼女が片付けしているのを眺めて息を整え、お賽銭を出し、参拝を始めたところ、
ごぉーーーーん
と銅鑼のような音が鳴り響きました。
そのあと、鈴の音がしゃんしゃんしゃんと続き、床の上を踊っているかのような足音がしてきました。
そうです。神楽舞を踊ってくれたんです。
その間、私はひたすら目をつむって「ありがとうございます」とお礼を申し上げていました。
春先に願った通り、たくさんの神々と出会えました。ありがとうございます。
交通事故にあわず、無事に帰路につきました。ありがとうございます。
前日の出雲大社では存分なお礼が言えなかったので、ここれでもかというほど感謝の念を伝えました。
舞が終わるまで、伊弉諾・伊弉冉両柱にひたすらお礼を唱えていました。
神楽舞が終わると、宮司さんなのか巫女さんなのかわからない彼女は
「おめでとうございます」
って言うんだよ。思わず、
「ありがとうございます」
って返しちゃったけど、何が「おめでとう」なのか。
あの時は流してしまったけれども、今は猛烈に気になります。

佐太神社には独自の神在月がある。奥の山には伊弉冉のお墓がある
さて、次の佐太神社では個人的にではなく、七五三のお参りに来た子とそのご家族の祝詞を上げる場面に出くわし、美保神社でも1日2回行われるという祝詞の時間に出くわしました。
いや、こんなことってあるんでしょうか。1日で4つ。
これ、さすがに偶然とは言えないんじゃないでしょうか。
さらに、帰り道。
もうすぐ三重を抜けて愛知に入るぞ、というあたりで真正面。
ちょうど、富士山の方角です。
竜が現れました。
竜が現れました。
富士山をバックに、ドラゴンボールのシェンロンのような大きな雲です。
シェンロン…神の竜、まさしく。
とぐろを巻いて、クルマを運転している私をじっと見つめていました。
あれほど、くっきりと「竜」だとわかる雲は後にも先にもありません。
このサイトのトップにある写真も竜のようだとおもって撮影しましたが、こんなもんじゃありません。
確実に100人が100人「竜だ」と断言できるほどの竜でした。
水墨画とかの日本画で「竜」の絵がありますが、まさしく、あれです。
高速道路を走行中で、あわててSAに入りましたが、角度が悪いのか、まったく見えなくなってしまいました。
休憩してまた、運転中に見えるかもしれないと富士山の方角を見ても、もう、雲がそこにあるだけで、竜の形をとってはいませんでした。
残念。
見つけてから、SAに入るまで大体10分程度でしょうか?
じーっと見つめられて、ちょっと「怖いな」とも「見守ってくれているんだな」とも思える体験でした。

鬼太郎ロードでスタンプラリー
そうそう、この出雲旅で確信したことがあります。
佐多神社に祭られているのは猿田彦さんなんですが、実は結構新しく定められたようで、佐多大神は別にいるようなんです。
で、この佐多大神は海龍のようなんですよね。
しかも、この神社の奥に、伊弉冉さまのお墓があります。
美保神社の祭神は事代主さん。別名えびすさんです。
スサノオは伊弉諾、伊弉冉の子ではないってことがこの2つの神社を巡ったことで確信を得ましたね。
これらに関しては、また機会がありましたら書きます。
ではでは。