【クルマ旅出雲編③二日目】神魂神社【国宝】

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こんにちは。まっちゃあずきです。前回から間が空いて大分忘却の彼方に行きつつある記憶を引きずり出してまいります。

はい、続いて神魂(かもす)神社。

神魂神社からは静謐で厳粛な空気を感じる

入り口からなんか違う

神の魂と書いて「かもす」と読みます。

すごい名称ですよね。神様の魂、ですって!主祭神はなんと、イザナギ・イザナミ両神様。

ここは訪れる予定ではなかったのですが、宿泊したゲストハウスKITATONOのスタッフさんが静かでお気に入りの神社だとおススメしてくれたんですよ。地元の人が教えてくれる穴場に外れナシ。

地図で確認してみると、八重垣神社のすぐそばにあるじゃありませんか。(地図35)

ならば、行くしかあるまい。

島根の観光名所として紹介されているお社ではないので、「知る人ぞ知る」という感じなんでしょうか。観光客の姿は見えません。

駐車場に到着すると、小雨があがりました。

入り口から石階段(それほどきつくはありません)を上ると本殿と社務所が佇んでいます。石階段を登っていくときに、段々と空気が澄んでいくのを肌で感じます。

そして、本殿と社務所のある場所に辿り着いた時、一気に空気が変わりました。鈍感な私でも感じるほどの強烈な気。

静謐で、厳粛で、それでいて居心地の良さを感じる不思議な感じ。

なんだろう、この感覚は。人はおそらく、自分より上位だと思われる者の存在を感じると自然と畏敬の念を抱くものかもしれません。この時の自分がそうでした。

ああ、ここには確かに神がいるんだと。頭を下げて祈りました。願い事というより、ご挨拶をしました。

八重垣神社では感じられなかったなあ、この感覚は。ただ、本殿というより、写真の左手側に(映ってはいない)杉の巨木が二本、天を突くようにありまして、そこの空気の方がより清浄に思いましたね。

ここはまさしくパワースポットでしょう。

見てわかるとおり、大社造です。

八雲さんの案内板を見ると、現存する最古の大社造(1346年)で、国宝に指定されているそうです。

う、わあ。

やっぱりすごいところだったんだねえ。と納得。国宝かぁ。

さらに、すごいこと判明。

創建したのは天穂日命。

アメのホヒだってぇ?!変な声出ました。

古事記と天穂日命と国譲り神話

天穂日命と言えば、国譲り神話に登場する天照大神の次男。

高天原から出雲へ国を譲るよう使者をつとめ、しかし、大国主に籠絡され、出雲に住み着いてしまった神様です。

そして出雲国造の祖であり、出雲大社の祭祀を司る千家の祖でもあります。

社伝によると、天穂日命は、お釜に乗ってこの地に降臨したと伝えられているそうです。

え、お釜って、それって………。

 

高天原の神はお釜に乗って降臨する。これ、ちょっと覚えておいてくださいね。

 

もう少し、天穂日命について語っておきますか。

彼は天照大神の息子だと述べました。では、父親は?そうです、スサノオなんですよ。

スサノオが高天原で身の潔白を証明するためにアマテラスと誓約をしますね。

そこでアマテラスから生まれた三女神とスサノオから生まれた五男神。その一人が天穂日命です。

スサノオから生まれたなら素戔嗚の子とすればいいのに、なぜか、男神たちはアマテラスの子として、女神たちは素戔嗚の子とされています。

それは、アマテラスがスサノオの剣を噛んで砕いたあとに息をふーと吹いて神を生み、スサノオがアマテラスの角髪に飾っていた玉の緒を同様にして生んだからだといわれてます。意味深。

 

さて、住みついてしまった天穂日命に代わって、高天原(アマテラスの命ではない)からの使者はホヒの息子オオソビノミクマノウシを派遣し、失敗。

次に天若比子を派遣。

そしてまた、若比子も籠絡され、大国主の娘と結婚し居座る。その間8年。

しびれを切らした高天原は、雉のナキメを使わし様子をうかがわせる。スパイです。

今際の際のナキメによって天穂日と天若比子の裏切りを知った高天原はついに建御雷を派遣します。このときに使われたのが天鳥船。

ア メ ノ ト リ フ ネ は稲佐の海岸に降りてきた。そして国譲りへ。

 

国譲りのあと、大国主を鎮める祭主に就いたのが天穂日命。

だから、子孫が出雲国造。(現在出雲大社で行われている古伝新嘗祭は、明治初期までは神魂神社で行われていたそうだ。)

その天穂日命が創建した神社が神魂神社。

そして大社造。

うん、意味深だ。そして、なんとも由緒正しい神社さん。

 

 

なんか、すごい体験だったとドキドキしながら次に向かうは「風土記の丘」。

では、時間がきたので今回はここまで。